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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5147号 判決

原告 高倉建設株式会社

右代表者代表取締役 関屋嚴

右訴訟代理人弁護士 新谷勇人

被告 株式会社 日倉

右代表者代表取締役 三宅元

右訴訟代理人弁護士 松森彬

同 木村保男

同 的場悠紀

同 川村俊雄

同 大槻守

同 萩原新太郎

同 中井康之

被告 田中敏夫

主文

被告田中敏夫は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和五七年九月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の同被告に対するその余の請求および被告株式会社日倉に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告田中敏夫間に生じたものは両名の平等負担とし、原告と被告株式会社日倉間に生じたものは同原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告)

1  被告株式会社日倉は原告に対し五六八万七五〇〇円およびこれに対する昭和五七年七月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告田中敏夫は原告に対し七五〇万円およびこれに対する昭和五七年九月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告株式会社日倉)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告)

1  原告は不動産の仲介等を目的とする株式会社である。

2  被告株式会社日倉(以下被告日倉という。)は別紙物件目録記載の不動産(以下本件物件という。)を所有している。

3  昭和五七年二月三日(以下とくに断らない限り日付はすべて昭和五七年である。)、被告日倉を売主、被告田中敏夫(以下被告田中という。)を買主とする本件物件の売買契約(以下本件売買契約という。)が次の内容で成立した。

(一) 売買代金 二億二七五〇万円

(二) 移転登記および代金決済日 九月三日

(三) 手付金 二二七五万円(但し即日授受完了。)

4  本件売買契約の成立につき、訴外株式会社不動産流通センター(以下不動産流通センターという。)は被告日倉の、原告は被告田中の各仲介人として関与し、その際被告田中は原告に対し七五〇万円を仲介報酬として支払う旨約した。

5  ところで本件売買契約の契約書一二条二項は買主の側からする違約に関して、手付金を違約金として没収する旨、同一四条一項は売主又は買主の責に帰すべき事由による解約で違約金を受け取った当事者は違約金のうち半額を仲介業者に支払うべき旨各規定している。右一四条一項は仲介業者を第三者とする第三者のためにする契約である。そして原告は三月一八日頃、被告日倉に対し違約金の半額を受け取る旨受益の意思表示をなした。

6  本件売買契約は、五月頃、買主の側からする違約により解除され、前記手付金二二七五万円は売主である被告日倉が没収した。

よって原告は、被告日倉に対し、二二七五万円の半額を同被告に請求できるところ更にその半額(不動産流通センターと原告が各折半するため。)を取得出来るから、結局五六八万七五〇〇円とこれに対する弁済期後で訴状送達の翌日である七月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告田中に対し、仲介報酬支払約束に基づき七五〇万円およびこれに対する弁済期後の九月四日から支払ずみまで右同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告日倉)

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4のうち、被告田中、原告間の仲介報酬支払約束に基づく報酬額が七五〇万円であることは知らない。その余は認める。

3  同5のうち、本件売買契約書に原告主張の規定が存することのみ認め、その余は否認する。なお右一四条の規定は例文であり、当事者の合意内容となっていない。

4  同6のうち、本件売買契約が解除されたことは認め、その余は否認する。すなわち解除日は四月一七日であり、また手付金二二七五万円のうち一五〇〇万円は被告田中に返還した。

三  抗弁(被告日倉)

1  (一四条一項の解釈)

(一) 原告は、本件売買契約締結に際し、買主の真実の名が田中敏夫ではなく文某というのにこれを秘し、もって売主である被告日倉をその旨誤信させて欺罔した。

(二) その後買主は値が高いとして原告に本件売買契約の白紙解約を求め、原告は右買主の要望が全く理由のないことを十分知りながら、これを承けて被告日倉に本件売買契約の白紙解約と手付金全額の返還を強く求め、ときにはやくざを同行してまで右無理難題を持ちかけた。このため被告日倉はやむなく手付金のうち一五〇〇万円を買主に返還し本件売買契約の白紙解約に応じざるを得なかった。

(三) ところで前記一四条一項は、関与した仲介業者の全員に対して幾らを支払うということを規定するのみで、原告が当然にその半分を請求出来る旨定めているわけではない。つまり複数の仲介業者が関与した場合は、各業者の成約に対する寄与度に応じて按分されるべきところ、原告は右(一)、(二)のとおりむしろ本件売買契約の成約を解消する方向に寄与しているものであり、右一四条一項を前提としても原告に按分されるべき仲介報酬は存しない。

2  (本件売買契約の破棄)

前記(二)によれば本件売買契約の白紙解約により、原告、不動産流通センターおよび被告らの全員の間で一四条を含む同契約のすべての条項が破棄されたものである。

3  (権利の濫用)

前記(一)、(二)のほか、原告は本件売買契約が一旦成立した以上被告田中に対して仲介報酬を請求できるものであり、被告日倉に対してはむしろ返還する必要のない一五〇〇万円の返還を同被告に余儀なくさせて同額の損害を与えたにも拘らず、さらに同被告に仲介報酬を請求するのは余りに筋違いであること等の事情によれば、原告の同被告に対する本訴請求は権利の濫用としてとうてい許されない。

四  抗弁に対する認否、反論(原告)

抗弁事実はすべて争う。とくに原告は買主たる被告田中やその使者の要求を同被告の仲介業者としての立場から売主側仲介業者である不動産流通センターに伝えたのみであり、これに積極的に協力、加担したようなことはない。しかも一五〇〇万円の手付内金の返還は全く原告抜きで被告両名の独断でなされたものである。

仲介業者である原告が、わざわざ自己の仲介報酬請求権を失うような働きかけをするはずがない。

第三被告田中

同被告は公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。

第四証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実、同4のうち被告田中、原告間の約定仲介報酬額を除くその余の事実、同5のうち本件売買契約書に原告主張の如き規定が存する事実および同6のうち本件売買契約が解除された事実は原告と被告日倉間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、原告および被告田中間の約定仲介報酬額は、建設大臣の定める規定報酬額程度とする旨の内容であったことおよび前記一二条二項、一四条一項等の規定の存する本件売買契約書の作成に当って、売主被告日倉、買主被告田中のほか不動産流通センターおよび原告がそれぞれ仲介業者として立会い、右四者が同契約書に署名押印したものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三  《証拠省略》によると、本件売買契約は四月一七日売主、買主間で前記のとおり解除されたが、その際売主である被告日倉は受領した手付金二二七五万円のうち一五〇〇万円を買主の被告田中およびその代理人訴外小桜健二に返還したことを認めることができる。

四  被告日倉の抗弁について

1  《証拠省略》を総合すると

(一)  本件売買契約締結(二月三日)後の三月初め頃、被告田中は売買代金が高過ぎる等を理由に右契約の白紙解約および手付金の全額返還を原告に求めた。原告は本件売買契約に何らの瑕疵なく右理由は解約の正当な理由とならないこと、仮に解約となれば一二条二項に基づき手付金が没収されること等を同被告に説明した。しかし同被告の勢いに負け、その頃不動産流通センターや被告日倉に右被告田中の希望を取次いだ。これに対して不動産流通センターや被告日倉は今さら正当な理由もないのに契約を白紙解約し手付金全額を返還するなどとても応じられないと即時に返答した。

(二)  その後被告田中は小桜健二を自己の代理人に立て改めて原告に右同様の要求をし、売主側との面会を求めた。原告は不動産流通センターに右小桜がやくざらしい旨電話したうえ同人を連れて同センターに赴いたりなどしたが、同センターの返事は同様であった。しかし小桜はその後も同センターに執拗に白紙解約と手付金全額の返還を求め、「欺して売った。」、「手付流れを目的に商売しているのなら商売できないようにしてやる。」等と凄み、被告日倉の営業妨害をも辞さない態度を示して嫌がらせをした。こうして四月に入るまで原告は数回にわたって同センターを訪れ、うち二回は小桜同伴であった。小桜は原告とは別に単身同センターに乗り込んだこともあった。

(三)  その後右小桜の営業妨害を恐れた被告日倉や不動産流通センターは止むなく本件売買契約の白紙解約と手付金の一部返還に応じることを決め、四月一七日合計一五〇〇万円を小桜に返還した。なおその際不動産流通センターは原告に立会を求めたが連絡がつかず、原告は欠席のまま右金員の授受がなされた。

(四)  一方原告は四月に入って、将来被告日倉が小桜らに手付金を返還することになるかも知れないと思いながらも、自らは右交渉から退き、もっぱら被告田中・小桜や被告日倉・不動産流通センターらの交渉経過を静観することに終始していた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  右によると、原告は、被告田中・小桜らの前記要求(白紙解約および手付金全額返還の要求。)が本件売買契約の条項に明らかに反し、正当な理由のない得手勝手な要求であることを十分承知しながら、あえて同人らを売主側の被告日倉や不動産流通センターに取次いでいること、このためその後小桜は右売主側に原告を伴ってあるいは単身赴くなどして種々交渉し、やくざ風の同人が営業妨害の挙に出ることを恐れた右被告日倉から、結局一五〇〇万円の返還を受け初期の目的を達していること、原告は当時やくざ風の小桜がこのまま交渉を続ければ結局右のとおり売主側も小桜の要求に折れざるを得ないだろうとの認識を有しながら事態の推移を見守っていたに過ぎなかったことが明らかである。したがって原告は右手付金の一部返還に立会ってはいなかったが、かかる契約条項(前記一二条二項)に違反する処置を当事者がとることは十分に予測しえたものと推認される。

3  ところで本件売買契約の前記一四条一項は、買主の責に帰すべき事由による解約の場合にあっては違約金を取得した売主はこの契約に関与した仲介業者に対し右違約金の半額を支払うべきものと定めるところ、前記当事者の処置(白紙解約)が右買主の責に帰すべき事由による「解約」の場合に当たるかどうかまずもって問題であるが、仮にこの点を措くとしても、同条項の趣旨が仲介業者の関与で一旦成立した売買契約が後に売主または買主の責に帰すべき事由により解約となった場合のこれに何らの帰責事由のない右仲介業者の報酬請求権確保を企図した規定と解するのが相当であるから、前認定のとおり、被告田中や小桜らの要求が無謀なことを十分知りながらこれを売主側に取次いで右小桜らに交渉のきっかけを与え、かつ右交渉の結果売主が出す必要のない金員の出捐(手付金一部返還)を余儀なくされることを予測しながらこれを静観するに終始した原告は、右「解約」に全く無関係であったとは言い切れないから、かかる原告に同条項の適用を認めるのは著るしくその趣旨に反するものと解される。よって被告日倉の抗弁三1は右の限りにおいて理由がある。そうするとその余の抗弁につき判断するまでもなく原告の被告日倉に対する本訴請求は失当である。

五  被告田中に対する請求について

前記一によれば、被告田中との関係でもそこに記載の各請求原因事実を認めることができる。

次に前記二のとおり原告、被告田中間には仲介報酬に関して建設大臣の定める規定報酬額程度の支払約束があったことは明らかであるが、これは本件売買契約が完全に履行された場合の報酬額と解され、右のとおりこれが中途で頓座した場合、右支払約束に基づき規定報酬額をそのまま請求できるものではないと解される。しかしながら右支払約束には、本件売買契約が右のとおり中途で頓座した場合に、それまでに被告田中のために仲介の労をとった原告の右傾注した労力に応ずる合理的な仲介報酬額の支払を約束する趣旨をも含むものと解することができるのであって、右認定に反するまでの証拠はない。そして原告の被告田中に対する本訴請求にはこの点の支払を求める趣旨も含まれるものと善解できる。

そこですすんで右仲介報酬額について検討するのに、原告は本件売買契約締結に至るまで買主被告田中側の仲介業者として右締約に尽力していたこと前認定のとおりであり《証拠省略》によると本件売買契約書一三条二項には同契約成立時点で仲介報酬の半額を支払う旨の規定があること、《証拠省略》によると、原告は建設大臣の定める規定報酬額として六〇〇万円程度を考えていたこと、被告田中は一五〇〇万円の手付内金を取り戻していること等の諸事情を考慮すれば、右合理的な報酬額として少なくとも三〇〇万円を下回ることはないものと認められる。

よって原告の被告田中に対する本訴請求は右の限度で理由がある。

六  結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は被告田中に対する請求のうち三〇〇万円およびこれに対する弁済期後の九月四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求および被告日倉に対する請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。なお仮執行宣言の申立は相当でないから却下する。

(裁判官 榎下義康)

〈以下省略〉

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